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ピノコ7

先日の「週刊・手塚治虫」
ちょっと冷静に見れなかったのでビデオでまた見てました。(以下メモ書き+αです)

ピノコが実は主人公で
BJは忠実なパートナー
ピノコが現しているものがBJのテーマ、ですかv
ピノコは命を人工の枠の中に入れた・・(まるで)ロボット・・

ピノコはロボットに近い
アトムは人間に近いロボット
中身は物凄くピュアな心を持っている
普通の全部揃った人間じゃなくて
どこか欠けてる
何かがない
人間じゃないロボットだとか、動物だとか
そういったものの
ピュアな心の中に手塚先生の描きたいものがある

人間は不完全なものなので
欲望だとか自分の気持ちに流されている
そうじゃない何かがあるんじゃないか

(モーションマンガ1本目「ピノコ愛してる」)

手塚先生が無条件に肯定されてるものがいくつかある
気高い動物
子どもみたいな存在
親にとって子どもは無条件にピュア
ロボットは人間が作ったもので子どもじゃない
ピノコは他人ですからね BJが作ったものですから

人間でもなく子どもでもない
努力によって完璧でないものを完璧にしていく
親子は完璧
ピノコは不完全
肉体も不完全、精神も不完全、関係も不完全
この二人が完璧な存在である親子みたいな関係になっていく
手塚先生の祈りのようなものを感じる

ピノコは本来誕生しなかった命

手塚先生は生き物と生命を分けて考える
生きものは死に、生命は連続する

(火の鳥の紹介)
生命は絶対的な価値がある
生き物は生命を持った不完全な存在

ピノコも人間もどんな動物もみんな不完全な生き物

天才外科医だから完璧 かと思いきや
実はこの世に完全なものはない
生きることさえ不完全だ

(モーションマンガ2本目「ときには真珠のように」)

BJというのは天才外科医の話
でもどんなに技術をつくしても自然に負ける

人知を尽くしてもほっといてもだめ
じゃあ医者は何をしてる

「湯治場の二人」より馮二斉さんの手紙の紹介
「天地神明にさからうことなかれ
 おごるべからず
 生き死にはものの常也
 医の道はよそのありと知るべし」

「ときには真珠のように」や「湯治場の二人」
ラストに告白する
偉大な悲劇
救いがある
大きい何かを残した
そういうラストシーンを描くのを手塚先生は好きだった

では人間は何ができるのか
普通は恐怖にまみれて死んでいく
でも
人間たちには雄雄しく死んでくれ
伝えられるものが何かあるんじゃないか
そうすることにより不完全でなくなるかもしれない・・

手塚先生の生命哲学
まこちゃんが案内
中学生くらいの頃 昆虫を観察
小さい虫の中にも命があると気付く

戦争体験
「幽霊男」いきすぎた科学批判
(「人造人間」の文字が見える)
虫でなく自分と同じ人間が死んでいく
命ってなんだろ?と考える
自然の中で生きる
昆虫と戦争、は手塚先生の中で大きなものだった

(モーションマンガ3本目「二度死んだ少年」)

いかに治すか
手塚先生は更に上を見てる
人を治すというのはどういうことか

動物も治す
イリオモテヤマネコ→子ども→代議士
生命を持ったものを助ける
平等な命
人間中心主義じゃない 人間が偉いわけじゃない
細かい生命にも目を向けることができる。森林というもっと大きなものもある。
人間の命もロボットの命も虫の命も全て同じ。
エネルギー
過去の人の命。過去の人の言葉も命。
命って何。
答えは手塚先生自身も出していないー


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今回のお話は
私は予告で楽しみにしていた分、「ああ、そっち方面のお話か><;」ってところがありました・・
なんといってもしょっぱなに
「ピノコは命を人工の枠の中に入れた(まるで)ロボット・・」
と言われてしまったところがショックでした・・
もちろん、ピノコ=ロボット、では決してない!ですが、
ただ、ピノコの立ち位置的な部分ですね。
ここが手塚先生の考えられる、「人間でないもの」になるのではないか、と以前考えてしまったときがありました。
初期作品を読むと、
ミッチイとかミイちゃんとか、
人間でないものが活躍してますよね。
手塚先生は人間は生命を作ることができるか?ということを初期の頃考えていらしたのかなと思います。
ミッチイは人造人間。これは悲劇に終わり。
人並みの知能を持つよう改造された耳男くんは「ぼくは人間だよね・・」と亡くなり・・
アトムはロボット。たくさんのお話を作られた。
他にもたくさんの人間でないものが活躍するお話がありますが。
それに対して。
百鬼丸は体の48箇所を魔物に奪われて不完全な体で生まれる。
そしてピノコ。
彼女は普通に生まれ落ちることさえできなかった。
ブラック・ジャックという人間に手を加えられないとこの世に現れることさえできなかった。
ピノコという存在って、手塚先生が考えられる究極の存在なんじゃないかと思います。
人間の手が加えられた命。
先日の高橋さんのお言葉を借りると、

>ピノコは不完全
>肉体も不完全、精神も不完全
>本来誕生しなかった命
>生きものは死に、生命は連続する
>生き物は生命を持った不完全な存在

ということで、ブラックジャックにより与えられた体で生を謳歌するピノコですが。

さて初期作品では人間に命を与えられた存在は悲劇に終わりますが。
でも、ピノコは生命を宿す器がなかっただけで天から授かった命はありました。
高橋さんがピノコを「人間でない」とおっしゃるのは哀しいですが、
でも私も以前手塚先生がそう考えていらっしゃったのかも、と思ってしまったこともありましたし。
なんというか、
人間は生命を作り出すことができるか、という問いに対しての1つの答えがピノコなんじゃないかと思うようになりました。
生命は天から授かるもの。
でも授かった生命だけでは存在できない命がある。
百鬼丸は不完全なりに寿海さんに助けられる前から生きて存在することができた。
けれどピノコはBJにみつけてもらうまで、その存在すら気付かれることもなく。
姉やその主治医たちに存在は知られていたかもしれないが、それが「人」だとわかってはもらえなかった。
それをBJは気付き、人の形に作り上げた。
ピノコが生まれた「畸形嚢腫」より、129話の「殺しがやってくる」の手術シーンのほうがピノコがまるでアトムのように見えてしまう、
というのが手塚先生がピノコをどう思っているか、というのが窺い知れてピノコファンとしてはちょっと複雑なのですが・・
でもなんといってもピノコの命はもとからあったものなのですから!
人の手が加えられた生命
人の手が加えられなかったら存在できなかった命
それがピノコ
ですが、それはBJにもいえることですよね。
人間が作った爆弾によってばらばらにされた身体
それを本間先生の手術によって生かされた命
本間先生に命を助けられたBJがまたピノコを見つけ助けだす・・

・・と、またもやいつもながらな~に言ってんだか!わけわからんやっちゃ!なことになっちゃってすみません><;
しかし本当に、手塚先生って、よくこんな存在を考えられたなあと思います!

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