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宝物v

re:wの御影さんより年賀小説をいただいて参りましたv
BJがピノコのことを考えてくれてる、っていうのがとっても嬉しいお話ですvv
不安定なブログに掲載許可を御影さんどうもありがとうございます!
皆様もこの素敵なお話をどうぞ堪能なさってくださいv

「時間、今と共に」



音を立てないようにそっと、ドアを開く。
キィと小さな音を立てて中に入ると、玄関にはゆるく間接照明が灯されていた。
たった一人、彼と暮らす少女が天才外科医の帰りが遅い事を予想して点けてくれていたのだろう。



時刻は午前2時。



元日はもはや過ぎ、日付けは1月2日になってしまっていることをBJは腕時計を確認して、小さく息を吐いた。
元日の朝から舞い込んだ突然のオペの依頼は思いの外時間をとってしまった。
どの医者も匙を投げるようなオペだったが、さして問題は無い、ということくらいしかBJは思っていなかった。
それは他の医者から見れば、発症部位が困難である事と、神経が入り混じった部位でミリ単位の繊細なメス使いが要求されるものであった為、難手術と称されるものに違いなかったが、世界最高峰の外科的技術を持つ彼にしてみれば時間と集中力さえあれば何てこと無いモノだった。


ともかくも。
元旦は終始オペで終わってしまった。
BJは特に元日やら、行事ごとに興味は無く、所詮元旦などは人間が勝手につけた暦から出来たものであるからして、それに一喜一憂する必要も無い、というのが彼の持論だ。
まぁ情緒抜きにしても一年の始まりがオペだとは、今年一年の自分の過ごし方が見えたような気がして、その“らしさ”にBJは少し笑った。別にこんな一年の始まりも悪くない。
一年の最初に、一人の患者の命を救えたのだから。

そんな事を考えながらBJはリビングのドアを開ける。
此処にも穏やかな間接照明が灯してあり、暖炉ではゆるく火が灯っていてほんのり温かい。それはそのままBJが世界でたった一人、そう一人だけ傍においている少女のBJを気遣う温かさにも似ていて、BJはひどくゆったりとした気分でコートを脱いだ。
ダイニングのテーブルには見慣れた筆跡で“おつかえさま。ご飯はれいぞうこの中なのよさ”の拙い筆跡にBJはまたゆるく笑った。

少女は既にベットの中でくるまって夢の中。

未だ現実に取り残されたままのBJは冷蔵庫から遅すぎる夕飯を取り出して、レンジで温めながら、テーブルの上に置かれている年賀状のチェックを始めた。そこには多いとは言えないが少ないとも言えない年賀状と、恐らく治療の依頼であろう、元日にも関わらずいくつかの封筒も入っている。
封書はとりあえず夕飯の後に確認するとして、BJは年賀状に目を通す。
殆どは医師であるBJに対する事務的な年賀挨拶ばかりであり、シンプルにまとめてあるか、いかにも大量生産されたかのような派手な色使いのものだ。その中にちらほらと大学時代の友人や、かつての患者からの年賀状も交じっている。

「ん?」
その中でBJの目に一枚の葉書が目にとまった。
一枚の葉書は年賀状というよりは手紙に近かった。しかし内容は柔らかな色合いと几帳面な文字で年賀を伝えていた。
そしてBJの宛名の隣にはピノコの名前も綴ってある。
この家に届く手紙と言えば、家主宛へのものが殆どでピノコの名前が綴ってあるということはめったにない。くるりと葉書を裏返して差出人を見てみる。
そこでBJは納得がいった。
「ああ、あの患者か」




その患者がこの家に入院していたのは一ヶ月ほどだった。去年の秋頃だっただろうか。
内臓の一部を病んでいたその女性はBJの手術により後は完治を目指すだけであったが、どうも術後の回復が思わしくなかった。
外科的処理が成功し、患者が健康にならない原因は一つ。
彼女の精神的な要因が原因だ。術前からそれをBJは危惧していたが、それがそのまま現実になってしまった。
詳しい病名をピノコにはBJは教えなかった。
しかしピノコはそれでも何かを悟ったようだった。

BJが何も言わない代わりにピノコは彼女を外に連れ出していた事をBJはよく覚えている。
それは晴れた日に洗濯をするついでに彼女を日の光に浴びさせながら、ピノコの他愛の無い話を聞かせたり、海を見ながら風を感じたり。ピノコの賑やかな声はBJの診察室にも時折響いてきていた。
時折己への文句の言葉も交じっていたような気もするが、敢えてBJは何も言わなかった。
一言言っておくが、大人の態度として言わなかったのだ。後のピノコの反撃が恐ろしくて黙っていたわけでは断じてない。もう一度、念を押すが恐ろしかったのではない。

それを抜きにしてもBJはピノコの行動を止めなかったし、何も言わなかった。
彼女にだんだん表情が戻り始めていることをBJはいち早く気付いていたし、その患者が酷くピノコに癒されている事は一目瞭然だったからだ。

かくして退院の頃には笑顔も戻り、心身ともに健康な状態であの患者は社会生活に戻っていった。
そのときのピノコの表情は酷く晴れやかであったこともBJはよく覚えている。




葉書の裏にはそれほど多くの文章は載っていなかったが、あの聡明な患者らしく、その文章は知性に溢れていた。
手紙にはもちろんBJへの感謝の言葉も書かれていたが、ピノコへの感謝もピノコが読んで分かりやすいように丁寧に書かれていた。今は幸せに暮らしているらしい、それは医者としてのBJにとって価値ある言葉だった。
生きているだけで幸せは何処かに必ず転がっているのだ。それをあの患者が気付き、今を生きているのならBJが医者をしている真髄が其処にはあったし、何よりも其れをBJは願っている。
「…ん?」
そして最後の文章に追伸が記されている事にBJは気が付いた。

“―追伸  ピノコちゃんも私の小さな、そして立派なお医者さんです。”

その追伸にBJははっきりと口元が緩むのを感じた。
恐らくこの葉書を読んだピノコは酷く喜んだに違いない。
いくら天才外科医と呼ばれようとも、医学的処置には自ずと限界がある。病巣を切りとれても本人が生きたいと願わなければ意味が無い事をBJは知っている。

今回のケースでは完全な外科的処置をしたのはBJ。そして最終的に治療の補完、…いや治療と同等の処置を為しえたのはピノコだ。
恐らくピノコ以外ではあの患者を真に健康にすることが出来なかったのだろう。

少女が惜しみなく陽の元にさらけ出す感情の一つ一つは、誰もが何処かで捨ててきたモノだ。したたかに、時に理不尽な社会に適応する為に。
しかしピノコは決してそれをしない。
したたかで理不尽な世界に適応する為に必要な行為だと、彼女は知っている。
しかし彼女は、ピノコは18年の中で得た理不尽な事実を簡単に跳ね飛ばす。空高く、遠くへ。彼女の力、で。


それでいい。
それでいいのだ。

彼女が傷つかない様に生きるために己がしたたかに理不尽な世の前面に立てば良い。
時に理不尽な社会から彼女を守るために、悪名高い天才外科医として生きれば良い。

ただ、それだけだ。


今年一年もこんな風に生きればよい。
それが二人の生き方であり、そしてその紡ぐ日々が積み重なって未来を創る。

今年も何だかんだ言っても、それなりにいい年になるに違いない。

BJは少し笑って葉書を丁寧に机の上に置いた。









時間、今と共に



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