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手塚×石ノ森ニッポンマンガ創世記(7月15日放送分)

手塚×石ノ森ニッポンマンガ創世記、見ました。
浦沢さんの私物のマンガがたくさん出てきました^^
浦沢さん、手塚作品と石ノ森作品好きなんですね~(^^♪
以下長いので↓にたたみます。
無駄に長くて読みにくいです、すみません><;


まずは仮面ライダーとBJの紹介。

1971年、仮面ライダーが大人気となりましたが
これはテレビ局が発注して石ノ森先生がアイデアを出して作られたそうで
変身シーンが人気となり変身ベルトが売れて
テレビ、マンガ、商品開発がセットのようになって
今でいうメディアミックスのはしりのような形となったとのこと。

このころ手塚は5,6年ヒット作に恵まれず・・といういつもの話から
1973年11月に始まったブラック・ジャックの紹介。
テーマは医療で正と死をみつめたヒューマンドラマだった。
・・と言われるとそうなんだけどそれだけじゃない・・とか思ってしまいます^^;

金持ちには法外な値段を請求するが「オペの順番」をひきあいにだしてBJのやり方を紹介。
医療人というものは一人、個人として社会に相対してるんだ。
悪いものは悪い、いいものはいい、じゃなくて
自分の価値観、感性、正邪の基準で突き進めば必ず道は開ける、
というところに影響を受けた、と南淵さん。

生原稿を紹介。
BJ第一話、BJの目の大きさが違う
完成原稿の方が印象がクール
手塚先生はどんどん変えてしまう。

ずっと描いていると以前の絵が許せなくなる、
終われない、編集作業がずっと続いていく感じ、と浦沢さん。
自分はあきてくるから新しいものを、と思うがファンははじめのものがいいと思う、と秋元さん。

平面を立体にしてマーチャンダイジングにする、
それを別の人がやればいいが手塚や石ノ森は自分でやらざるをえなかった。
手塚のやり方をみていて石ノ森は自分ならこうする、と思っただろう。

次にアトムと009の紹介。

手塚はマンガに悲劇を持ち込んだ。
手塚は若いころ言葉の行き違いから米兵になぐるけるのひどい暴力を受けた。
石ノ森はお姉さんを若いころに亡くされた。
アトムは誕生から悲劇。
009は人間ではなくなったものの悲しみがある。

アトムは明るいイメージだが憂鬱を抱えていた。
憂鬱な何か、人間になりたいのになれない、という部分をうまく表現していた。
手塚さんの世の中を見る視点、哲学に心惹かれる、とアトムのオマージュ曲を作った佐野元治さん。

次に手塚と石ノ森の合同展の紹介。

16歳の石ノ森に手伝いを求める電報を25歳の手塚がだした。
マンガ少年に石ノ森が投稿していたのを手塚が見ていて目をつけたのだった。
アトムで手塚と石ノ森のコラボが実現。

石ノ森ははじめ手塚を追いかけていたがだんだん自分の道をすすむようになっていく。
それを手塚が意識するようになり。
二人の相関関係が面白い、と藤子不二雄Aさん。

浦沢さんは4歳で地上最大のロボットを読んだそうで
最後にアトムがどうしてロボット同士で戦わなきゃいけないの?と問い
人間がそうしむけるのかもしれない、と。
戦うって空しい・・というところに着地する。
とんでもないものを見せられた、と感じた。

手塚や石ノ森は壊せるルールがあった、
が今はもう壊すものがない。

自己否定
マンガなんか読んでないで、と言われた時代
文学や哲学を入れたい
面白いだけじゃないものを描きたい

ここで浦沢さんが手塚と石ノ森のタッチの違いをその場で描かれまして!
BJをぎゅっぎゅっと描かれて口の線がふるえている、と指摘。
緊張しているのか?でもこれは格好いい線として採用された。
次にジョーをしゅっしゅっしゅっと素早く描かれて
石ノ森はすっすっと描いてミスもそのままいっちゃえ、とその場ののりで描いていっちゃう。
でも手塚は修正する。
浦沢さんは鑑定士のようだね、と言われて
体調や締切が厳しかったんだろうな、というのも線に出る、と。

次にアニメの紹介。

低予算で作るアニメのアトムはディズニーへの挑戦。
これはアニメーションではありません。
これはテレビアニメです。
物語で見せるんです、と言われたと杉井ジュサブローさん。

低予算もマーチャンダイジングで稼ぐことができた。

手塚は自分でアトムをアメリカに売り込みに行った。
こういうアニメの作り方を1番最初にやりたかった。
発想が浮かんだらやりたい。
好奇心が強い。

アトムがあまり好きではない、と言ったのは
アニメにするためにアトムから毒をぬいたからではないか?
作家手塚治虫としてはあれはかなり毒をぬいたんだよ、という気持ちがあったのでは?

神が王を批判したわけ
劇画が流行りだしたころ

手塚はガロに対抗してCOMを作った。
そこに手塚は火の鳥を執筆。
石ノ森にも執筆を依頼する。

石ノ森はそこにジュンを描く。
マンガで詩を表現しようという挑戦。

石ノ森は斬新で大胆だった、と水野英子。

ジュンは漫画賞も受賞し人気もあったが手塚は「あれはマンガじゃない」と。
石ノ森はそれを人づてに聞いて連載中止を申し出るが夜手塚が石ノ森のところに謝りに来たので続けることに。

ああこういうのを自分も描きたかった、と嫉妬したのではないか。
新しい人が出てきたらその人にはその人のマンガがある。自分には自分のマンガがある、と
自分は嫉妬しないが手塚先生は嫉妬する。それがすごい、と藤子不二雄Aさん。

手塚先生の嫉妬話に^^
大友さんの絵を描こうと思えば描けたと思う、
嫉妬されるのは光栄なこと、
浦沢氏はだめだな、と言われたい
プルートウを描いてたときはこのへん(右肩の上あたり?^^)に感じてた
浦沢氏、それ違うわ、とか言ってそう、と浦沢さん。

COMは発行人が手塚治虫となっている(この本も浦沢さんの私物とのこと^^)
自分で自由に描ける場を作ったのに
おれが作った雑誌で俺が自由にしようと思ったのに
お前は売れ線描けよ、
おれの雑誌でおれ以上に好きにするな、って部分もあったのでは?

石ノ森先生が手塚先生没後に手塚先生が誤りに来た日のことをマンガに描かれたが対面したとき二人とも石ノ森先生になっていた。
これはどういうこと?
→自分は被害者と思っていたが自分の中にも嫉妬や妬みや色々ある。自分も同じだ、ということ。
結局石ノ森先生は手塚先生が大好き

ジュンは佐武と市で昇華された。

結局手塚と石ノ森は
似すぎている
トップを走っている人に対して二番手はやんちゃできる。自由奔放に。
追いあげられてる手塚の気持ちは大変・・

手塚が亡くなって石ノ森はマンガは萬画宣言をする。
新しい漫画家に向けての未来へのメッセージ。

石ノ森はずっと描いていた。
旅行に行ってもスケッチブックがいっぱいになるほど描いていた。
自分は仕事以外は描きたくない、とさいとうたかをさん。

マンガは考えさせられるもの。
人の人生に影響を与えるもの。
影響力はすさまじい。

二人が出会っていたというのがいい、化学反応が起こった。
石ノ森さんは手塚さんをあこがれ続けていた。
けれど嫉妬される対象になってしまった・・

自分も後輩のことぶつぶつ言う
ぶつぶつ言いながらやってったらいいと思う、と浦沢さんおっしゃってました^^

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